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還暦百態物語<10> [シニアの書斎]

【フィクション/還暦百態物語~その10】

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ハローワーク受付の前に座っている。還暦を過ぎてからの再就職先を探して毎週通っている。何年ぶりかで久々のハローワークだが以前より混んでいる気がしたが、当時目立っていた日系ブラジル人や中国人の外国人勢が少ないのが印象的だった。彼等はどこに行ったのだろう?
パソコンで自分に合った仕事を検索して窓口の係員に申し出るシステムに変わりはないのだが、相変わらず一部の高齢者には困難なのか係員がマンツーマンで指導している。ハローワークでのそんな日常風景を見るたびに、富夫はどんどん置き去りにされてゆくような疎外感を感じてしまう。
かつては新鮮な気持ちで新しい仕事を見つけるために勇んで足を運んだものだが、最近では何となく滅入った気持ちにさせられる事がある。自分が社会から必要とされていない人間なんだという感触があるからだ。この歳になってそんなハードボイルドを感じるなんて余程甘く生きてきたのかな…なんて思うこともあるが、富夫には彼なりに過酷を味わってきた経験もあるつもりだった。

考えてみれば働くという事に関しても自身の世界観の持ち方に左右させられるものなのだ。二十代の若かった頃には働き甲斐というものにこだわったものだった。自分が生かせる、使命感を満足させる、未来に夢を持てる、そんな仕事を求めたものだったが、一線で働いていた中年期を経て社会からリタイアした高齢者の仲間入りをした今では、働くことの大義が見つからない。
年金以外の多少の小遣いのためにと言っても、それがモチベーションにはならないだろう。還暦を過ぎてもまだ働いている人に本音の本心を聞いてみたい。「この歳になって何故働いているのか…?」別に働くことが悪いとか間違っているとか言うわけではなく、若かった頃の働く意識から何がどう変わったのか確かめてみたいのだ。そんな事は考えた事も無いというのが大半かも知れないが、そうやって体制の中で大勢に流されながら長いものに巻かれて短い日々を過ぎてゆくのだろう。

目の前の求人票を漫然と眺めながら時間が過ぎて行った。富夫はいつの間にか求職の目的を忘れて、仕事を探している自分自身への問い掛けに執着していた。
人生は分からないことだらけだ…。働くという事もそのひとつで、原罪によってアダムとイヴが楽園を追われ、労働を苦役の責務として背負ったとされている。紀元前の昔から人間は働くことが嫌いで否定的だったのに、常に働くことで生存を保っている。不本意である事が人生そのものの正体なのかも知れない。
いつの間にかハローワークの閉所時間になった。今日の仕事探しはこのくらいにしよう。明日になれば新しい求人が増えているかも知れないと、そんな事を期待して富夫は門を出た。

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