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-09- 地中海を渡る [欧州アルバイトヒッチ]



 いよいよ念願のひとつだったローマに到着した。イタリア中部ではヒッチハイクが困難なので思い切って鉄道を利用したために到着したのは映画「終着駅」で有名なテルミニ駅だった。ロンドンを出てから長らくヒッチの連続だったので、久々に列車で駅に着く感じを味わったものだ。

 ローマのユースホステルに荷を下ろすとさっそく街に出た。ローマはローマで、これまでのイタリア各地とはまた雰囲気が違っていた。パリのような洗練された感じは少なく人間臭さの漂う街だったが、それでもやはり大都会の華美は漂う。それに映画や写真集で何度となく見てきたお馴染みの名所旧跡が、至る所に目につくところはさすがに歴史の都だ。

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 「ローマの休日」で有名なトレビの泉、スペイン広場。カラカラの浴場やコロッセオの競技場。そしてついにたどり着いたローマ帝国の宮殿遺跡 フォロロマーノ。
 何故、私がローマの遺跡にそれ程愛着を感じているのか自分でも分からないが、中学生の頃からギリシャのパルテノン神殿やフォロロマーノの写真を見るたびに心惹かれていたのだった。私はこの遺跡群の中に腰を下ろし、石の柱や壁を手で触りながら瞑想にも似た時間を過ごしていた。

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↑ フォロロマーノの遺跡群。時空を超えた静寂の中にシーザーやネロ皇帝の息づかいが聞こえるようだ。



 ヨーロッパに渡ってアルバイトをしながら、デザインを学ぶため専門学校に入学して…という出国当初の目算はすっかりハズレてしまって、今やヨーロッパをヒッチハイクで放浪する単なる異邦人になってしまった。ロンドンに居た頃はそんな状況に少し疑問とアセリを感じたりもしたが、今では毎日がスリル一杯の新鮮な体験の連続で将来の展望などを考える気分ではなかった。
 ローマからナポリに着くと、ベスビオス山を眺めた程度の数時間の市内見物をして船着場に向った。「ナポリを見て死ね」という言葉があるくらい、この街には見るべきものの宝庫である事は知っていたが、今は早くアフリカに渡りたい一心だった。

 船はナポリを出ると、シチリア島を経由してチュニジアの首都・チュニスに着く。途中のシチリアで一時間くらい停泊してチュニスに着くのは夜になる予定だった。相変わらず、真っ暗な夜の時間に見知らぬ街に到着するパターンだ。何度も経験したパターンなのであまり気にせず、ホテル代を浮かせるために選んだ強行スケジュールだったが、後に映画「ゴッドファーザー」でマフィアの故郷・シチリアの風景を見た時は、一泊くらいしておいたらよかったなあと思ったものだった。
 これまで北欧やイギリスで何度かフェリーで海を渡って来たが、イタリアから北アフリカに渡るフェリーは少し雰囲気が違っていた。生活の匂いが漂う買い出し組や、ヨーロッパに出稼ぎに来ていた帰省組などで溢れていた。ヨーロッパも南の方まで来るとやや貧困を感じさせて違った顔を見せるが、気性は全く陽気そのものだ。なんだか雑然とした雰囲気の中で、夕暮れの地中海を進んで行ったのだった。

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 北アフリカ・アラブの国チュニジアに着いたのは午後9時頃。ぞろぞろと下船してゆく集団の後に付いて船着場を出たのはいいが、周り一面が真っ暗闇だった。かすかにポツリと街灯が立っていたが、初めての土地に足を踏み入れた私には右も左も判らない。あっという間に人気は去って、ガランとした場末に独り残されてしまった。
 周囲が暗くて、アフリカにやって来た実感なんて少しもなかった。ただ、これまでのヨーロッパとは雰囲気の違う怪しげな感触は確かにあった。モスクワで、ブリュッセルで、ミラノで何度となく夜更けの街をさまよった経験はあったが、これほど視界に何も無い心細さは初めてだ。アラブの街は白壁で平屋の家が立ち並び、夜更けのその風景は人影のないキリコの絵画世界のようだった。
 これまでなら街の中央めざして、少しでも灯りと人の居そうな場所に向うところだが、全く見当も付かないので早々と一夜を過ごす空き地を探しに歩き始めた。方向感覚もないまま一時間程さまよって、人けの無い空き地を見つけたので寝袋を敷いて寝る事にした。気が付けば、昼から何も食べていない。リュックからパンを取り出して空腹をしのぎ真っ暗な星空を眺めながら眠りに就いた。

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↑ 早朝のチュニスの波止場には静けさが漂う。



 翌朝、目が醒めると辺りは白い家々が立ち並ぶアラブ特有の風景だった。その向こうには真っ青な海が広がっている。高いビルがひとつも無く、一面に連なる平屋の家々が空の広さを際立たせている。
 とにかく街の中心部を求めて歩き出した。歩を進めるにつれてまばらな建物や人々を見かけたが、リュックを背負ってGパンをはいた東洋人を怪訝そうに眺めるだけで無愛想な表情だった。とんでもない僻地に来た感じだったが、このミステリアスな感じがたまらなく好きだった。
 小さな宿を見つけて荷を下ろした。部屋は実に粗末なものだったが一応ベッドとロッカーとトイレが付いていた。体を洗うには大衆浴場といった感じの有料シャワーが外にあって、それを利用する事になる。ここしばらく便をしていなかったので早速トイレに入ったのだが、洋式トイレに慣れていた私は戸惑った。便器をまたいでしゃがみ込むスタイルの一見和式のトイレなのだが、その底は一面が陶器になっていて排泄物の落ちる空洞になっていない。よく見れば中心部に直径十五センチくらいの穴があいていた。
 「え〜っ?こんな穴に落とすのか〜〜!うまく命中しなかったらどうするんだ?」一瞬たじろいだ私だったが、ふと隅に目をやると水の入った空き缶と棒切れがあるのに気が付いた。
 「ハズしたら水を流して、棒で叩き落とせという事か…」郷に入らば郷に従えで仕方なく納得したが、これからしばらく続くアフリカでの旅が決して快適な旅では済まないだろうという予感がしたのだった。

 


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